以下は代表 有路翔太(bioshok)のnote記事を、読みやすさのため表現を整え、見出しと人物カードで構成し直したものです。論者の発言の引用は原文のままです。原文(note)はこちら。

「減速」という名の「加速」

AI Futures Project(『AI 2027』のチーム)が、新しいシナリオ『AI 2040: Plan A』を公開した。

一言で言えば、減速という名の加速だ。普通の加速主義者が思い描く世界よりも、さらに加速している。2029年、米中は協力して超知能の開発を止める。そこからAGIレベルの開発をゆっくり進め、段階的に世界へ展開する。超知能が展開されるのは、アラインメントが解決された2040年だ。それまでの5〜10年、世界はAGIレベルで減速している。それでも一般の人から見れば、とても減速しているようには思えない。

AGIピルを飲んでいる彼らにとって、AIがもたらす恩恵はあまりに大きい。そのため、「減速」シナリオでさえ、中世から現代までに相当する変化が10年ほどで起きる。中世の王が現代の科学や資本主義に対応できないのと同じくらい過激に、世界観が根本から変わる。労働、民主主義、人権といった概念さえ、AGIという新しい知能を前にして考え直さざるを得なくなる。しかもこれは、超知能に到達する前の、AGI程度のモデルが起こす変化にすぎない。

2036/37年のアメリカの風景(超知能なし、PlanA規制)
2036/37年のアメリカの風景(超知能なし、PlanA規制)

2040年、人類は意図的に超知能へ支配権を渡す。その後1年以内にマインドアップロードが開発され、観測可能な宇宙の銀河をどう分けるかが現実の政策問題になる。ポストヒューマンと超知能が共に生きる、シンギュラリティ後の世界が生まれる。

ここまで来れば、人類文明は根本から変わっている。それが今から15年ほどで起きる。

もし「減速」がなければ、こうした文明の根本的な変化は、ファストテイクオフした超知能によって1〜2年以内に起きる(AI 2027のシナリオ)。

だからこそ彼らは、AGIレベルで止めるべきだと言う。彼らが望んでいるのは、数年でさまざまな病気の治療法を開発してもらうこと(AGIレベルで可能)であり、数年で太陽系が壊れること(超知能レベル)ではない。

このシナリオが「AI 2040」で、そうした「シンギュラリティ」を「安全に」起こすために必要なガバナンスを示したのが「Plan A」だ。

彼らは、AGIレベルの「減速シナリオ」でさえ世界はあまりにも大きく変わる、と何度も強調している。裏を返せば、AGIをはるかに超える超知能は、普通の想像をはるかに超える影響を地球や太陽系にもたらすと考えているのだ。

Plan Aの中身は本質ではない

Plan Aの詳細は、ここでは最小限にとどめる。

骨格だけを言えば、こうだ。2029年、米中は超知能をめざす無謀な競争を避ける合意を結ぶ。合意がなければ、2030年にAIの研究開発が完全に自動化され、その年のうちに超知能に到達していたはずだった。2030年から2035年にかけては、AIを人間の能力の範囲内でスケールさせ、2035年にトップレベルの人間の専門家と同じ水準で一時停止する。2040年に停止を解除して超知能へ進む。だから「AI 2040」なのだ。

この計画を支える柱は3つある。

  1. 1完全研究透明性

    モデルの重み以外のすべてを公開し、外部が「AI企業の宿題を採点」できるようにする

  2. 2検証

    データセンターに受動的な光ネットワークタップを仕込み、ワークロードをランダムサンプリングして部分的に再計算する

  3. 3相互確証計算破壊

    合意が崩壊したら世界中の計算資源が破壊されるよう、あらかじめ設計しておく

さらに、米国の研究開発クラスタをモンゴルに、中国のクラスタをカナダに置く。互いに守りきれない場所に置くことで、合意から離脱して競争を再開しにくくするためだ。

面白い提案はたくさんある。しかし、このレポートへの反応を分けている最大の断絶は、Plan Aの中身をめぐるものではない。

断絶は、AGIや超知能にどれだけ期待しているか、という点にある。

つまり、あなたはどの程度、AGIピルもしくはASIピルを飲んでいるのか?

対談動画

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AGIピル濃度のスペクトラム

AGIや超知能はまだ当分開発されない。開発されたとしても、経済や産業や技術への影響は、インターネットや電気と同じ「普通の技術」の範囲にとどまる。そう考える人は、AGIピル的な世界観の外にいる。AGIや超知能という概念の枠組みそのものに、謙虚に懐疑的な人たちもここに入るだろう。

一方、AGIピルを飲んだ人は、少なくとも数十年あればダイソン・スウォームやマインドアップロードが開発されると考える傾向にある。個々の技術予測はひとまず置く。言いたいのは、AGIピルを飲んだ人とは、人間にできることならほぼ何でもできるAIが現れれば、物理的・工学的に可能な技術が驚くほど短い期間で開発され、経済や産業も爆発的に変わると考える人たちだということだ。

そして、テイクオフが速いと考える人ほど、そこまでの期間は50年から20年、10年、5年、3年、1年、数カ月、数週間、数日と縮んでいく。

大まかに並べると、次のようになる。

この人たちは全員、AGIピルを飲んでいる。だから、我々が生きているうちにダイソン・スウォームも不老不死もマインドアップロードも、人類文明の根本的な変容も起こる、という前提を受け入れている。

AGIピルの外側にいる人も、AIが世界を大きく変えるとは考えている。ただしそれは、人類文明を根本から変えるほどの変化ではない。AIはある種の道具であり、電気やインターネットなどこれまでの技術と変わらない、と考えるだろう。

この前提を知ると、スコット・アレクサンダーの次の言葉がよく分かる。

「TylerもMarcも加速主義者たちも、我々が減速していると叫ぶだろう。だが我々の想像する遅い世界は、彼らの想像する速い世界よりずっと速く進む。Tylerが2030年代に二桁のGDP成長を望むなら、我々は三桁を渡そう。Marc Andreessenが2050年までにがんの治療法を望むなら、2035年に渡そう。選択肢は〈現状維持〉対〈ちょっとすごいAIイノベーションのある世界〉ではない。〈2033年にナノボットが太陽系を食い尽くす〉対〈2035年にがんが治る〉だ。我々が『AIを減速すべきだ』と言うとき、意味しているのは後者の世界のことだ」

出典:Scott Alexander「Introducing Plan A」(Astral Codex Ten)

普通の加速主義よりも加速している、「減速」という名の加速。これが、AGIピル的な世界観の内側から見た風景だ。

AGIピルとASIピルという兄弟喧嘩

最近は、「AGIピル」に加えて「ASIピル」というスラングも出てきている。それぞれ次のような感覚を表す。

  1. 1AGIピル

    人間専門家トップ級の汎用AIが来る。それが大量に複製され、労働と研究と資本形成を自動化し、経済成長が桁違いになる。数十年で文明は宇宙文明/ポストヒューマン的な規模まで変容しうる

  2. 2ASIピル

    人間を決定的に超えた知能が、AGI以後急速に(数ヶ月から数年で)出現し、遅くても1年以内、早ければ数日という単位で殆どの技術ツリー(極めて高度なナノテクノロジー、自己複製する工場や探査機等)を駆け上り、人類のハードパワーはゼロになる。制御は失われうる

参考:Zvi Mowshowitz「AI #175: The Fable Continues」

大まかにまとめると、次のようになる。

横軸にAIが安全か否か、縦軸にAIが強力になるかどうかをプロット(出典:Rob BensingerのX投稿)
横軸にAIが安全か否か、縦軸にAIが強力になるかどうかをプロット(出典:Rob BensingerのX投稿)

AIの能力が短期間でどこまで高まるかを上のプロットに当てはめると、ソフトウェアだけでシンギュラリティが起きる、つまり再帰的自己改善が起こると考える陣営ほど、AIは危険だと感じる。資本と産業のボトルネックを信じている人ほど、Mechanizeや後述するSéb Krier、Richard Ngo、Shakeel Hashimのように絶滅には楽観的になる。知能はより広く産業や経済に組み込まれ、社会は漸進的に変化するので、リスクに対処する余裕もあると考えるからだ。

Plan Aが特異なのは、両方のピルを飲んでいることだ。AGIピルを飲んでいるから、減速シナリオでさえ「5年で5世紀」分の変化が起きる。ASIピルを飲んでいるから、その途中に制御喪失という崖があると考える。

アクセルとブレーキを同時に全力で踏んでいる。これが「減速という名の加速」の正体である。

この記事で見ていく対立は、二つの形をとる。AGIピルとASIピルの対立と、AGIピルを飲んでいない人とASIピルの対立だ。

議論の地図

いまAI 2040をめぐって出ている批判や反応は、この軸で切ると、きれいに整理できる。

この2つは質的にまったく異なる議論であり、混ぜて読むと何が起きているのか分かりにくくなる。

Vitalikの整理

この構造を言葉にしたのは、Vitalik Buterinだった。

Vitalik Buterin

Vitalik Buterin

Ethereum共同創設者

両立不可能な世界観

「AI 2040とその批判者たちの議論でstrikingなのは、両者がAIの進歩の速さと重大さについて完全に両立不可能な世界観にロックインされていることだ。AI 2040では、超人的努力で完全に止めない限り、あらゆるシナリオで2040年までに何らかの超知能が出現する。批判者は『AI 2040は人間の協調能力について素朴で、自由への脅威だ』などと言うが、ASI移行がデフォルトでうまくいくと仮定することの素朴さは見ていないし、ASI自体が巨大な権力集中リスクだとも見ていないし、ASIが文字通りすべてのタスクを我々より上手くできるなら人類の『ハードパワー』がゼロに落ちることへの恐怖も感じていないようだ」

彼自身の立場は次のとおりだ。

「現在型のAIが『普通の技術』だと確信していたら、私は批判者陣営にいるだろう。2030年にデフォルトで超知能が来ると確信していたら、AI 2040陣営に近いだろう。それは素朴だが、他のあらゆる選択肢は素朴の二乗ではないか? だが問題は、私は大きな不確実性を感じていて、どちらの世界(あるいは第三の何か)に住んでいるのか分からないことだ」

出典:本人のX投稿写真:John Phillips、CC BY 2.0、Wikimedia Commons

① AGIピルを飲んだ者同士の内輪揉め

まず、部屋の中を見よう。

ここでの争点は、AGIが来るかどうかでも、AGIが原理的に何をもたらすかでもない。そこは全員が合意している。争点は、どれくらいの速さで、どれくらいの摩擦を伴って来るのかだ。

この一本の軸の上に、批判者たちをきれいに並べられる。

Nate Soares

Nate Soares

MIRI(ユドコフスキーが設立)代表

「Plan Aは甘すぎる」

位置
軸の左端
処方箋
Plan S(完全停止)へ

AI Doomerの元祖、ユドコフスキーが設立したMIRIのソアレスは、スペクトラムのいちばん濃い側にいる。

「AI Futures の人々と私は多くの点で一致している。これは私が見た中で最良の、具体的なポジティブな未来のビジョンだ。例外なく」
「彼らの Plan A が書かれた通りに機能するとは思わないが、世界の指導者を Plan S(完全停止)に切り替えさせる証拠を生む可能性はある。Plan S にはチャンスがあると思う」 「なぜ Plan A ではないのか。人間がAIと協力してアラインメントに取り組むと、間違った答えに収束する可能性が高い。正直な答えはおそらく『現代の手法に似た何かで超知能に押し進むのは詰んでいる。引き返せ』だが、人間はそれに従うより押し通す可能性が高い」

Soaresにとって、Plan Aの問題は遅さが足りないことではない。人間がその遅さを使って正しい答えにたどり着けると信じていることが問題なのだ。彼がPlan Aを評価するのは、Plan Sへの出口(オフランプ)を生むかもしれない、という一点だけだ。

これが軸の一方の端だ。

出典:本人のX投稿写真:M bourgon、CC0、Wikimedia Commons

Tom Davidson

Tom Davidson

Forethought 研究者(ソフトウェア知能爆発の研究)

「乾いた薪」問題

処方箋
ハードウェアを止め、ソフトウェアでゆっくりスケールする

ForethoughtのTom Davidsonは、ソフトウェア知能爆発(SIE)を最も精密に研究してきた人物だ。その研究が、そのままPlan Aへの技術的な批判になっている。

彼の見立てでは、ソフトウェア知能爆発は「約20%で10年以上のAI進歩を1年未満に圧縮する」。つまり彼は、ASIピルをある程度、それもかなり濃く飲んでいる。

だからこそ、彼のPlan A批判は内側から刺さる。

「火が街に迫っていることを心配している集団がいる。彼らはなんとか街の門の外で火を食い止める。その間に、火を安全に研究し誘導するための巨大な構造物を建てる。だが、その構造物はすべて、極めて燃えやすい乾いた薪(dry tinder)でできているのだ! もし火の制御を失えば、火はいまや、はるかに速く街を駆け抜けることになる」

Plan Aは、ソフトウェアの進歩を知能爆発の寸前で凍結する。しかし、その間も計算資源は積み上がり続ける。

乾いた薪は計算資源だけではない。Plan Aでは、企業はアルゴリズム研究を公開しなければならず、危険なものの実装はコンソーシアムが禁じる。つまり「離脱者は、禁止されていたソフトウェア技術をすべて実装することで、ほぼ瞬時に巨大な能力優位を得られる」。

彼の代替案は明快だ。Plan Aはソフトウェアを止めて、ハードウェアでスケールする。ならば逆に、ハードウェアを止めてソフトウェアでゆっくりスケールすればいい。乾いた薪を積み上げないためだ。

彼の結論は、記事全体の中でも最も誠実な形をしている。

「全体として、私は Plan A に共感的だ。この計画の基本論理は健全だ。我々はどこかの時点でAI進歩を減速せねばならない。これはそのための具体的な計画である」

速いテイクオフの可能性を考えているからこそ、彼はPlan Aの「乾いた薪」に震え上がる。同じ恐怖から、正反対の処方箋が出てくるのだ。

出典:Plan A’s problem with dry tinder(Forethought)写真:本人のXプロフィール画像

Richard Ngo

Richard Ngo

AI Futures Projectのコンサルタント

「進歩が早すぎる」

問い
これは予想なのか、推奨なのか

NgoはAI Futures Projectのコンサルタントで、公開に合わせて批判を書くよう、当のチームから依頼されたという異例の立場にいる。

彼の批判で最も深いのは、テイクオフそのものへの懐疑だ。

「10年か20年前に戻って、現在のAIのベンチマークスコアをいくつか人々に伝え、それを含む世界がどう見えるか予測させたとする。彼らは劇的に変貌した世界を描いただろう。AIがすでに巨大な政治権力を握っているか、遠大な科学的ブレイクスルーを成し遂げているか、少なくともホワイトカラー職を壊滅させているか。しかし、どれも起きていない」「だから、AIの能力が近く鋭い『垂直』成長に達し、それに対応してAI(あるいはそれを制御する者)の権力が増大するという予測はすべて、なぜ次の10年が過去10年と同じ種類の乖離を含まないのかを説明せねばならない」

つまりNgoは、ベンチマークと世界のあいだには、すでに巨大な空白があると指摘している。能力は上がったのに、世界は変わらなかった。この空白が何でできているのかを説明しないまま、能力の伸びから社会の変化を導くことはできない。

彼が有力とみる仮説は、協働の難しさだ。

「心理学の分野には極めて優秀で勤勉な心理学者が大勢いて、大学院レベルの試験を難なく通過してきた。しかしこの数十年、彼らの貢献は心の理解に関する堅牢な進歩に『積み上がる』ことに失敗し、多くの点で分野を後退させてきた。高速テイクオフの基本モデルは、共通目標に向けて累積的な貢献をするために協力することの難しさを見落としているかもしれない」

天才を何万人並べても、彼らの貢献が積み上がるとは限らない。ボトルネックは知能の総量ではなく、知能をどう統合するかにあるのかもしれない。

この懐疑は、Plan Aの書きぶりそのものへの違和感につながる。

「著者たちは、減速が依然として大きな進歩と両立することを強調している。『これほど減速に感じられないレベルは、かつて想像もできなかった』『ポーズにもかかわらず世界は根本的に変容する』『5年で5世紀』といった引用とともに。だが、5年で5世紀分の科学的進歩を見たいと本当に思っている人がいるのか、私には分からない。筋金入りの加速主義者ですら、それが極端に不安定化を招くことには同意するだろう。彼らが加速主義者なのは、まさにそこまで速く進むとは思っていないからであることが多いのだ」

これは鋭い指摘だ。加速主義者でさえ、Plan Aの「減速」より遅い世界を想定している。Ngoはさらに、Plan Aほど速い世界を本当に人々が望むのか、そもそもこれは予測なのか推奨なのか分からない、と疑問を投げかけている。

出典:本人のX投稿写真:本人のXプロフィール画像

Shakeel Hashim

Transformer(AI専門ニュースレター)

社会の摩擦

AI専門ニュースレターTransformerのShakeel Hashimも、普及の速度に照準を合わせる。組織は動かない。規制は残る。人間は学習しない。古いワークフローは書き換えられない。政治は抵抗する。Plan Aは、こうした摩擦の総量を過小評価していないか、というのだ。

出典:本人のX投稿

Séb Krier

Google DeepMind AGI政策リード

事前計画自体への疑念

Google DeepMindでAGI政策のリードを務めるSéb Krierも、摩擦への感度が高い側にいる。ただ、彼の批判はもう一段別のところに向かう。

「あるAI安全性界隈が『ポジティブな未来を想像してみろ』と言われたときに手を伸ばす世界のあり方は、この分野のモノカルチャー問題の程度をよく物語っている」

Krierは、前提であるAGIの到来を疑っていない。2030年より前に「Expert AGI」級の認知能力へ到達する可能性が高い、と書いている。ここでいうExpert AGIは、物理的な作業を除く幅広い認知課題で、上位の熟練した大人に匹敵するシステムだ。AIは「発明者を発明している」ので、経済は非常に高い成長へ向かうかもしれない、という。自動的なA2A経済では、機械が機械のためにデータセンター、ロボット、鉱山、発電所を建設しうる。この経済は人間の最終消費を待たずに極めて速く成長でき、最終的には超指数関数的なフライホイール(super-exponential flywheel)が回り始めうる、と彼は書く。一方で、人間社会の側の摩擦によって、未来は「猛烈に加速された、ギザギザで物理的な産業革命」になるとも述べている。

参考:Maintaining agency and control in an age of accelerated intelligence(AI Policy Perspectives)、Musings on Recursive Self-Improvement(technologik)

彼が拒んでいるのは、善の単一構想を、不完全な統治機構を通じて世界に押し付けることだ。彼は、より多元的で、試行錯誤を重ねられ、自由を尊重するビジョンを他の人々が示してくれることを願い、もっと実務的な世界を見るべきだと考えていると思われる。

出典:本人のX投稿

Mechanize(Matthew Barnett ほか)

Mechanize(Matthew Barnett ほか)

元EpochAIの研究者が創設したスタートアップ

「神にはなる。だが崖はない」

位置
軸の右端

Mechanizeは、元EpochAIの研究者たちが創設した、AGIピルを飲んだ加速主義のスタートアップだ。AGIが経済爆発を起こす蓋然性は高いと考えている。2025年10月の『Life after work』は、こう締めくくられる。

「我々の生涯のうちに、完全にリアルな仮想現実、豊富な核融合エネルギー、脳拡張による認知強化、マインドアップロード、相対論的宇宙航行、無限のパーソナライズド・エンターテインメント、ゲノムの完全な制御、超高級な極超音速航空旅行、そして深刻な副作用のない極めて快楽的な薬物を目にするかもしれない。医学の急進的な進歩は老化のプロセスを逆転させ、慢性疾患を治しうる」「だが、これらの可能性は表面をかすっているにすぎない。我々がまだ思い描けない技術は、さらに変革的かもしれない。未来の人類は、まったく新しい感覚を獲得し、まったく新しいコミュニケーション手段を発達させ、認識できないほどに精神を拡張するかもしれない。現在の視点から見れば、我々は神になるのかもしれない」 「我々の目標は、この未来をできるだけ早く実現することだ」

マインドアップロード。相対論的宇宙航行。老化の逆転。神になる。これはAI Futures Projectの記述と、ほとんど区別がつかない。彼らは「全人間労働の自動化は不可避」と言い、「数兆体のデジタル労働者とロボット」を想定し、「GDP10倍は非常に保守的な見積もりだ」と書く。

Dwarkesh Patelとのインタビュー(AGI is still 30 years away — Ege Erdil & Tamay Besiroglu)を見ると、彼らは、ソフトウェアだけで知能が急速に爆発して人類が制御できなくなるというdoomer的な世界観には立っていない。一方で、産業と経済が急速に変わり、文字どおり経済が毎年倍増する世界は見ているだろう。

EpochAIが公開しているシミュレーションGateも見てほしい。デフォルトの設定で、AGI開発後10年でGWPが100万倍になる様子が見て取れる(もちろん彼らも、文字どおり10年で100万倍になるとは考えていない。定性的に、経済の成長率が桁違いに上がる蓋然性がある、ということだ)。

AGIピルの濃度で言えば、MechanizeはPlan Aの著者たちと同じだ。

では、何が違うのか。

違いはASIピルだ。彼らは、ソフトウェアだけの知能爆発は起こりそうにないと考えており、そのため人類の破滅確率もかなり小さいと見ている。

MechanizeのMatthew Barnettは、AI 2040の著者のScott Alexanderに対し、政府が事前に計画することへの批判を次のように書いている。

After the initial outbreak became uncontainable, the world largely overreacted to Covid. And the rationalist community, having called it earlier than most, overreacted more than most.
The most straightforward lesson to draw here is the opposite of your conclusion.
— Matthew Barnett (@MatthewJBar) July 12, 2026

彼らは自由市場がもたらす豊かさを信じており、OpenAIの「スローテイクオフ」の世界観に比較的近いだろう。アラインメントは市場が解決するし、人間が豊かになるためにもAI開発は止めないほうがよいと考えていると思われる(彼らは、労働を早く自動化するためにMechanizeというスタートアップを運営している)。

出典:Life after work(Mechanize)写真:Matthew Barnett、本人のXプロフィール画像

② 能力の前提そのものを共有しない人たち

さて、ここからが本当の断絶だ。

ここまでに並べた全員は、少なくとも同じ地図の上にいた。AGIは来る。問題はその速度と帰結だ、という地図だ。

しかし、地図そのものを持っていない人々がいる。

彼らは「Plan Aの設計が悪い」と言っているのではない。Plan Aが対処しようとしている事態が、そもそも起こるのかを疑っている。

A前提への疑念

Arvind Narayanan(と Sayash Kapoor)

Arvind Narayanan(と Sayash Kapoor)

プリンストン大学 計算機科学 教授

「AIは普通の技術」

「高度なAIは来る。だが超知能という別種の主体にはならない」

Narayanan氏は、AI 2040をめぐる議論に困惑しているというポストや、Séb Krier氏の事前計画への批判ポストをリポストしている。少なくとも、AI 2040の議論が前提とする「AIが極めて急峻に世界を変えるシナリオ」には懐疑的だと思われる。

彼らの論文「AI as Normal Technology」は、この立場を体系的にまとめたものだ。ただし、AIを軽視する文書ではない。

「AIを『普通』と見ることは、その影響を過小評価することではない。電気やインターネットのような変革的な汎用技術ですら、我々の概念では『普通』である。だがこれは、AIを別の種、高度に自律的で潜在的に超知能的な存在として扱う傾向を共有する、ユートピア的ビジョンとディストピア的ビジョンの両方と対立する」

明確には書いていないが、彼らは恐らく、AIが数十年以内に宇宙文明まで飛躍したり、経済・産業・技術が急速に爆発したりする世界を、それほどあり得るとは考えていないだろう。

さらに、Plan Aへの先回りの反論とも読める一文がある。

「超知能AIの制御困難性を前提とした過激な介入は、AIが結局のところ普通の技術だと判明した場合、事態をはるかに悪化させるだろう」

Narayananはプリンストン大学のCS教授で、「AIを真剣に受け止めよ」と言い続けてきた人物だ。無知でも無関心でもない。それでもPlan Aの言語ゲームには参加しない。彼の世界では、変化は数十年かけて、企業や行政や法、人間の判断に埋め込まれながら進む。その枠組みでは、AIは産業を大きく変えうる。しかし、数十年で人類文明が根本から変わるようなAGIピル的な世界観には、恐らく同意しないと思われる。その意味で、彼はAI 2040が前提とする世界観の議論の外にいると考えられる。

出典:AI as Normal Technology(Knight First Amendment Institute)写真:本人のXプロフィール画像

Alex Hanna(と Emily Bender)

Alex Hanna(と Emily Bender)

DAIR研究所 研究ディレクター

「AGIは神話」

「AGIは技術予測ではなく、神話である」

Alex Hannaは、AI 2027の破滅的な予測を皮肉る形で、AI 2040に短く応答している。

2025年6月の『The Myth of AGI』で二人はこう論じる。AGIとは定義の定まらない曖昧な記号であり、いまのテキスト予測システムが科学や経済や社会の問題を丸ごと解決するという約束であり、そして何より政治的な機能を果たす言説だ。

二人の議論で大事なのは、楽観と悲観を、同じ神話の二つのバージョンとして扱う点だ。正しくアラインされたAGIが無限の豊かさをもたらすという話も、制御不能な超知能が人類を滅ぼすという話も、同じ「ロボット神」の物語の表と裏にすぎない、というのだ。

これは「テイクオフはもう少し遅い」という批判ではない。AGIという単一の技術的主体が文明の問題を丸ごと解決あるいは破壊する、というフレーム自体の拒否である。

出典:The Myth of AGI(Tech Policy Press)写真:本人のXプロフィール画像

より短い拒絶もある。カリフォルニア大学バークレー校の研究者Ben Rechtは、AI 2040に直接反応し、これを信じる資金力のある聴衆がいることへの苛立ちを表した。

Rechtは、AGIをめぐる議論を「AGI-theism(AGI神学)」と呼ぶ。Ed ZitronはAI 2040を出来の悪いSFと評し、生成AIをいくら拡大してもAGIにはならないと繰り返し書いている。

B境界上の批判者

AGIピル的な世界観の前提を拒むことと、内側から批判することの、あいだに立つ人々もいる。

Timothy B. Lee

Timothy B. Lee

ニュースレター「Understanding AI」著者

「知能は、直ちに物理世界を支配しない」

「超人AIはあり得る。だが知能は、直ちに物理世界を支配しない」

Plan A への彼の反応は、反論ではなく困惑だった。

「AI 2040: Plan A のサイトについて何と言えばいいのか苦しんでいる。あまりに実現不可能に思えて、どこから始めればいいか分からない。超知能が全能に近いことを含意すると考える人々と、私のような者との間には、認識論的な深淵がある。人々はそれを非常に直感的なレベルで信じているので、意味のある議論をするのが難しい。双方が、正反対の直感を持つ人間に出くわすと当惑し、あるレベルでは相手が本気だと信じられない」

ただし彼は、「超人AIは原理的に不可能」とは言っていない。AIが最終的にほぼすべての認知課題で人間を上回る可能性は認めている。何十億体ものロボットが存在する、まったく違う世界も否定しない。

彼が拒むのは、そこから急速な世界支配へ至る推論だ。理由は3つある。実験も製造も建設も、現実の世界で行う必要があること(物理世界のボトルネック)。認知労働だけを増やしても、補完的な要素が足りないこと。経済的な知識が、企業や現場に分散していること。だから単一のAIに権力は集中せず、多元的な経済が残る。数十億体のロボットがいる世界への移行には、「年」ではなく「数十年」かかる、と彼は言う。

この考え方は、「知能だけ」では世界は変わらないとして産業基盤や経済の補完性を考慮する点で、Mechanizeの立場に似ている。一方で、産業爆発の論理では、AGI開発後10年以内に数十億体のロボットが生産される蓋然性は高いとされる(たとえば年30%で成長する経済は数年で倍になり、物理資本も数年で倍増しうる)。その点で、Leeの見方はいわゆるAGIピル的な世界観から少し離れているとみなせると思われる。

出典:本人のX投稿写真:本人のXプロフィール画像

Ramez Naam

Ramez Naam

SF作家、元シンギュラリティ大学教員

「シンギュラリティは遠い」

「未来はラディカルでもいい。だがシンギュラリティは遠い。」

NaamはSF作家で、元シンギュラリティ大学の教員で、太陽光発電のコストが指数関数的に下がることを一貫して正しく予測してきた人物だ。指数関数を信じない人では、まったくない。2015年の時点で、マインドアップロードは原理的に可能だとも論じている。

それでも彼は、AI 2040型のピルを飲んでいない。2026年4月の彼自身の整理はこうだ。

「AGI への熱狂は時期尚早だ。ASI/シンギュラリティは出来の悪いSF(bad sci-fi)である。暴走的な自己改善ループは、各反復が投入した以上の知能を得ることを要求する。そのような証拠は見当たらない」

Plan Aへの反応はこうだ。

「もし高速テイクオフ + 制御喪失リスク + もっともらしい反社会的意志の証拠を見たら、そう、私は考えを変える。AI安全性と透明性についてはもっとやるべきだと思う。第三者監査には賛成だ。だが、ソフトウェアのみの特異点が可能だという信憑性あるモデルを見る必要がある」

これだけなら、NaamがAGIピル陣営の中のスローテイクオフ派である可能性も捨てきれない。しかしNaamは、AIは仕事全体ではなくタスクを置き換えるという、通常の技術自動化に近い見方をしている。生産性が上がれば潜在需要が増え、新しい仕事や需要が生じると考えている。

彼が中心に置く10年後の予測も、機械だけが経済を回す世界ではない。文明は引き続き人間が運営し、人間とAIが協働する。医薬品、材料、教育などは大きく進歩する一方、仕事は一部が失われ、一部が新しく生まれる。本人の言葉では、AIは「史上最も印象的な普通の技術」かもしれないが、それでも普通の技術なのである(Tech Overflowのインタビュー)。

この点で、Mechanizeとの違いがはっきりする。Mechanizeはハードテイクオフを否定しながらも、全労働の自動化、爆発的な成長、アップロード、宇宙進出を、数十年後の自然な行き着く先として描く。Naamは、アップロードが原理的に可能だとは認めても、脳の計測や神経科学の障害を越えるには1世紀以上かかりうると考える。近いうちにAGIがそれを一気に解決するとは予測しない。

ただし、Naamが「完全なAGIができた場合、そこから50年で何が起こるか」を体系的に論じた資料は見当たらない。彼が、ゆっくりした産業爆発や最終的な宇宙文明まで否定しているとは断定できない。そのため、境界上の批判者に分類した。

出典:本人のX投稿写真:本人のXプロフィール画像

Gary Marcus

Gary Marcus

認知科学者、ニューヨーク大学 名誉教授

「超知能は全能を含意しない」

「AGIはあり得る。だが現在のLLM路線と、全能の超知能像は誤りだ」

MarcusはTimothy Leeを引用して、こう書いた。

「まさにその通りだ。超知能は、論理的に全能を含意しない」

彼の一貫した立場はこうだ。現在のLLM中心のパラダイムには、堅牢な抽象化、世界モデル、推論が欠けており、そのままではAGIに至らない。ただし、別のアーキテクチャによるAGIの可能性そのものは否定していない。本物のAGIなら社会を根本から良い方向へ変え、科学技術を大きく進歩させうる、とも述べている。

つまり彼は、AGIは可能で、社会や科学技術に大きな影響をもたらすと考えつつ、AI Futures Projectほど速いテイクオフには懐疑的だと考えられる。一方で、AIがもたらす存亡リスクそのものには懸念を表明している。p(doom)については、自分をdoomerとは思っておらず、Yudkowskyほど確率が高いとも切迫しているとも考えていないと書いている。それでも、確率を正確に計算できないからといって無視してよいわけではなく、将来のリスクを考えて、その可能性をできるだけ減らすべきだとしている。

ただ、AGIが数十年以内に数百年分の技術進歩をもたらし、技術と産業が大きく爆発するという議論は、明示的にはしていない。そのため境界領域に分類した。

出典:本人のX投稿写真:本人のXプロフィール画像

結論

Plan Aの細かい話やシナリオは、いったん置いておこう。まず理解すべきなのは、「AI 2040」がAGIピル(数十年で人類文明が根本から変わる)とASIピル(人類絶滅への強い懸念)の両方を飲んだ文章だということだ。そして、それをめぐる議論の空間は、質的に異なる二つの層に分かれている。

部屋の中では、速度と摩擦と処方箋をめぐる争いが起きている。Soaresは「Plan Aでは甘い、Plan Sへ」と言い、Davidsonは「乾いた薪を積み上げるな」と言う。Ngoは「ベンチマークと世界のあいだの空白を説明せよ」と言い、Shakeelは「普及はもっと遅い」と言う。Krierは「善の単一構想」を問題にし、Mechanizeは「神にはなる、だが崖はない」と言う。

全員がAGIの到来を疑っていない。それでもこれだけ割れる。

部屋の外には、まったく別の議論がある。Narayananは「超知能という概念自体が首尾一貫しない」と言い、Hannaは「AGIは神話だ」と言う。Lee、Naam、Marcusはその中間にいて、困惑したり批判したりしている。

ここで押さえておきたいのは、この外側の人々がPlan Aを細かく批判しないことだ。前提を共有していないのだから、内部の設計を検討する理由がない。彼らの批判は、Plan Aの上流に向いている。

だから、Timothy LeeとRichard Ngoを同じ「Plan A批判者」として並べると、我々は世界観の断絶を見逃してしまうかもしれない。両者は同じ前提の会話に参加していない。

補足:この整理の限界(「AGIピル」「ASIピル」という比喩の粗さについて)

最後に、この整理そのものの限界も書いておきたい。

もちろん、「AGIピル」「ASIピル」という言葉は、複雑な信念の束を一つの濃度に押し込めた、かなり粗い比喩にすぎない。実際には、AGIの実現時期、全労働の自動化、産業爆発、超知能への離陸、制御喪失の可能性、そもそもAGIや超知能という概念の枠組みについて、人はそれぞれ違う確率を見積もり、違う議論をしている。きれいに分かれた二つの陣営があるわけではない。

それでも、この粗い地図があれば、議論のすれ違いがどこから生じているのかは、少なくとも見えやすくなる。

たとえば、「AIは普通の技術である」という批判と、「Plan Aは進歩を速く見積もりすぎている」という批判は、表面的にはどちらもAI 2040への懐疑に見える。しかし、両者が疑っているものは違う。前者は、AIの能力向上から文明規模の断絶を導く世界観そのものを疑っている。後者は、文明の変容があり得ることは認めたうえで、その速度、経路、社会的な摩擦の見積もりを争っている。

自分がどの前提から話しているのかを自覚できれば、相手との対立が事実の認識をめぐるものなのか、時間軸をめぐるものなのか、政治哲学をめぐるものなのかを区別できる。少なくとも、違う地図を持つ人々を同じ棚に並べて、同じ論争をしているかのように扱うことは避けられるだろう。